今日は記念日
今日は私にとって重要な記念日です。
何の記念日かというと・・・・
離婚記念日!^^;
2002年の2月22日。2ばっかりの日に前の旦那さんと離婚しました。
しかも2時22分に役所に行ってたりして。
なんでそんなめでたくないことを覚えやすい日にしたのさって
よく言われるけど、私にとってはめでたかったんです。
その一回目の結婚では、本当にたくさんのことを勉強させて
もらいました。
自分の間違った悟りを修正することができたんだと思います。
ちょっとその時のことを書いてみようと思います。
重い内容だし、少々卑猥なことも書いちゃうと思うので、
そういうことに触れたくない方は読まないでおいてくださいね!
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学生時代、私は自分の「負けず嫌い」をなんとかしたくて
苦しんでいました。
その性格から、人の幸せを喜べない。妬んでしまう。
人と比べて焦る。劣等感に襲われる。などの醜い感情を
生み出してしまうのだな~、と悩んでいたんです。
そしてそんな状態の私からは友達はどんどんいなくなっていき、
孤独の中にいました。
ま、デザイン系高専というちょっと変わった人たちが集まる
学校だったので、みんな一匹狼だったり、
それぞれ強烈な個性がぶつかり合ってて、
1人のクヨクヨに付き合ってる場合じゃなかったんですけどね。
みんな若かったしね。
まあそんな中で、私は「悟った!」と思った答えがあったんです。
それは・・・無欲
自分が欲をなくして全てを受け止めれば、何も摩擦はおきなくなり
平和になるのではないかと考えたんです。
私にとっては画期的な答えでした。得意げでした。
なんでも笑って受け流し、自分の気持ちを殺していました。
そして卒業語、陶芸家を目指して九州に1人旅立ったものの、
大量生産の現場に意味をみつけることはできず
今度は自暴自棄に。
でも生きていかなくてはいけない・・・ということで
全て考えることをやめ、ますます自分というものを無くし、
流れるままに抵抗することなく生きていました。
ほとんど死んでいたのかも。
でもそれが「無欲」という悟りを元にした私なりの答えでした。
そこで出会ったのが最初のダンナさん。
「無欲」と言いつつ、その頃誰とも心を通じ合わせることができず、
ただただ孤独だった私。
誰か1人でいいから、私のことを一番に考えてくれる人がほしい・・・
なんて言って、結婚チャンスカードのお試し版をやってみたことも
あったくらいで。
その時に初めて自分を好きだと言ってくれる人が現れ、
ちょっと頭をなでてもらっただけで、涙が出るほど嬉しくて。
心のズレは感じていました。
彼は私という個性を全く見ることができず、
ただそばで世話してくれる女性が欲しいだけだっていうのも
わかっていたのだけど。
それも自分が欲をなくして言われるがままにしていれば
うまくいくのだと思って結婚してしまいました。
ちょうど彼は陶芸の工房を独立させようとしていた時だったから
私に好きなものを作らせてくれる、という甘い誘惑もあったりして。
しかし考え方の違いはどうすることもできず。
彼は私にもっと痩せて、お化粧も濃く、シュルシュルの手触りの
下着をつけさせ、できればいい匂いがするスプレーもしてほしいようでした。
仕事はがっつり頑張るように言われ、
家事も完璧を求められていました。
フルタイムで働いて家事もちゃんとやってる女なんて
山ほどいるばい、と言われ続けました。
そしてそんな生活で疲れきっていても、
夜のご奉仕は毎日求められました。
最低でも3日以上間を開けないことと言われました。
彼は本当の私の姿が見えていないし、
本当の私を求めてはいませんでした。
でも私は彼に気に入ってもらいたくて、彼が望むように動こうと
がんばっていました。
で、一生懸命どうしてほしいか聞いていました。
しかし彼はその時は「よかごとしんしゃい」(好きなようにしな)
と答えるのです。
でも後になって、俺はああして欲しかった。なんでわからないんだ。と
不機嫌になるのでした。
急いで急いで、必死に彼の求める女性になろうと
外出先でも何かに追われるように用事をすませ、
ものすごいスピードで帰ったつもりでも、待っているのはイヤミ。
だんだん私は体が動かなくなってきて、イヤミを言われるたびに
倒れるようになっていきました。
彼に見えない場所に行って、ガクッと倒れこんでいました。
そして何度も自殺をしようとしていました。
離婚なんて格好悪いことをするくらいなら死んだほうがいいと言うのが
私の答えだったんです。
でも、あと右足の小指を床から離せば死ねるってところで、
いつもおばあちゃんの顔が浮かぶのでした。
結局力なく座り込んで終わり。
意気地のない自分を責めるだけでした。
もう段々自分がわからなくなってきて、ちょっとしたストレスが加わるだけで
狂ったようにチラシを撒き散らしたり(ダジャレ?)
気づいたら恐ろしく甲高い声で叫んでいた時もありました。
ほとんどそういうことは隠れてやっていたのですが、
ついに彼がいる場所で叫んでしまったことがありました。
その時彼は私の両手をつかんで
「お前は目立ちたいのか?近所からあそこの家の奥さんは
狂ってるって言われて目立ちたいのか?」
と言われるのでした。
当然私が求めている答えとは違うわけで。
結局甘えていたんですよね。
私苦しいの、私をわかってって。
病院にも行くようになり、薬を飲んでいました。
でも何も解決にはつながらないんですよね。
やらなきゃならないことはいっぱいあるのに、
眠くなるばかりで仕事はたまっていく一方。
彼は、病院に行くようになったのは、俺のせいじゃないよね。
なんて言っていましたが。
私の行動を見ては気持ち悪い、宗教か。と
ののしられる毎日でした。
(有機野菜を買うだけで宗教か!って言われてたな~)
そんな時、友達からスピリチュアルという言葉を教えてもらいました。
人の魂はもともと一つの光の塊で、そこから雫のように一滴、地球に
降りてきたのが私達一人一人なのだと。
ここで色々な困難を乗り越えて成長していき、また塊に戻る。
それを繰り返して、いつか光の中心のなんの曇りもないところに
たどり着くのが生きている目標なのだと。
私はものすごい衝撃を受けました。
生きている意味がついにわかった!と感動で鳥肌が立ちました。
それからというもの考え方がガラリと変わり、
これは修行なのだと思うと感謝できることばかり。
たくさんのことに気づき始めました。
まず自分が出した「無欲」という答えが間違っていたこと。
これはただ衝突を避けるための逃げでしかなかった。
そして自分というモノがちゃんとあるんだということ。
それを感じるために、あえて自分とは全く違う人と過ごす
経験をさせられたのかもしれないと思いました。
そして結局私は彼に同情していただけだったってこと。
私がいてあげなきゃかわいそう、くらいに思ってたし、
工房も私の作品が人気になり、私がいなくちゃやっていけないだろう
って思ってたんです。
他にも色々気付き、本当に人生観が変わった時でした。
結局、夜のご奉仕を2ヶ月間拒否したために、
彼から離婚を告げられたのですが、それも待ってましたという気持ちで。
それからお互い話し合って、感謝の気持ちで、
別れた後も連絡を取り合えるいいお別れができたんです。
めでたしめでたし・・・
と言いたいところが、実はまだちょっと続きがあって、
離婚が決まって数日経った時に、急に今まで感じたことがない
不安感に襲われました。
今までのバランスが崩れることで、私の創作活動も全て
終わってしまうのではないかとか、とにかく不安で不安で青ざめ
震えが止まらなくなりました。
私は一度、やっぱり離婚したくないと言い出したことがあるんです。
その答えは、夜の奉仕を2日以上開けないことという条件付きの
ものでした。
ついでに、
私の年齢で好きな作品を作れるなんて、他の女から見たら
贅沢な状態だってことをわかっているかとか、
お前はもちゃん(私が拾った犬)と同じで、さまよってたところを
俺に拾われたようなものなんだぞとか言われました。
つまり彼も私に同情して一緒にいただけだったんですよね。
お互い同情しあってただけで、愛し合っていなかったんです。
やっと目が覚めました。
今思うと、もうやり直すのは無理だから、わざと嫌われることを
言ったのかなとも思いますが。
そして私は「カウンセラーを目指そう」という新たな目標を立て、
それを力にして無事離婚することができました。
離婚というとイメージ悪いけど、私にとってはものすごくいい経験に
なったわけなんです。
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ちょっと愚痴っぽい内容になってしまいましたが、一度この経験を
吐き出したいと思っていたので、ここを利用させてもらっちゃいました。
読んでくださった方、ありがとうございます。
そして最後にフォローですが、この文は私の一方的な気持ちを
書いただけで、本当の彼はいいところがたくさんある人なんです。
純粋なところもあるし、男気もあって、離婚の責任は全部オレが
背負うと言ってくれました。
私はさっさと工房を離れて北海道に帰ってきちゃったけど、
残された方はお客さんへの説明もあるだろうし、
周りの人たちの目もあるだろうし、どれだけ大変だっただろうと
思います。
そして本当は、彼は私に幸せそうにすごしてほしかったのだと
言っていました。
自分が声を荒げても、イヤミを言っても、
幸せそうにしてくれていたらよかったんだと本当は
思っていたんだそうです。
これは今も続く私の課題で、人の顔色や反応に左右されちゃダメって
ことなんだと思います。
やっぱり感謝感謝なのでありまっす。
そんなわけで私が生まれ変わった記念日、2月22日なのでした~。
長々書いちゃいましたが、今日は今の幸せを噛みしめて、
感謝いっぱいに過ごしたいと思います☆






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